のれん

「のれん」という言葉をご存知でしょうか。「のれん分け」、「のれん代」などの「のれん」です。実はこの「のれん」、れっきとした法律用語です。英語のgoodwillに相当し、会計用語では「営業権」ともいいます。「のれん」とは、長年にわたる営業によって商人が得る無形の経済的利益をいいます。具体的には、営業上の名声、社会的信用、店舗の立地条件、得意先・仕入先との関係、技術水準など、他社を上回る収益を実現できる原因がこれにあたります。たとえば、創業100年の老舗の和菓子屋などは、老舗であるという事実自体が顧客を引きつける価値となっています。

この「のれん」はその企業の無形の財産ですが、通常は貸借対照表には表れません。老舗であるという事実は数字に表せるものではないからです。しかし、企業の営業譲渡や合併に絡んで、この「のれん」が貸借対照表に計上されることがあります。A社がB社の事業につき営業譲渡を受けるとします。この場合、B社の事業の価値は、その事業に関し譲り受ける資産の時価から負債を控除した額で表すことができます。しかし、実際の買収額は単なる純資産の時価ではなく、B社の「のれん」も考慮した金額となります。のれんの存在により同規模の資産を有する他の企業より多くの収益を実現できるわけですから当然といえます。この買収価格と純資産の時価との差額がのれんの価格になり、A社はこの差額を無形固定資産として貸借対照表に計上します。「のれん(営業権)」が会計用語として使われるのはこのためです。無形固定資産に計上された「のれん」は、取得後5年以内に償却しなければなりません(商法285ノ7)。新聞でみられる「○○ 社、のれん代10億円を一括償却」といった記事にはこういった背景があります。こういった新聞記事も、その背景をしっかり調べていくと法律知識の習得につながります。契約書翻訳では、なにげない言葉にも好奇心をもって調べるよう努めてください。
(執筆:吉野弘人)