損害賠償責任 -契約責任と不法行為責任 (2)-

債務不履行や不法行為といった事由が生じた場合に発生する法律上の損害賠償責任について、前者を契約責任(債務不履行責任)、後者を不法行為責任といいます。契約責任とは、当事者の間に契約関係が存在している場合に、一方の当事者がその義務を履行しなかったことから損害が発生した場合の責任のことをいいます。一方、不法行為責任は加害事故の当事者間に契約関係がなくても発生します。不法行為責任の要件は、①加害者に故意または過失があること、②損害が発生していること、③他人の権利を侵害していること(違法性があること)、④加害行為と損害との間に因果関係があること、⑤加害者に責任能力があることの5つとなっています。

債務不履行責任と不法行為責任の両方が成立する場合、被害者(債権者)はどちらの責任を選択してもかまいません。どちらの責任を選択しても損害賠償の範囲はほぼ同じです。ただし、立証責任の負担と損害賠償請求権の消滅時効という点において、両者には違いがあります。契約責任の場合は、原則、債務者が立証責任を負います。つまり、裁判では債務者(契約違反を冒したと申し立てられた者)が、債務不履行につきその責めに帰すべき事由に基づかないことなどを証明しなければなりません。債務者がこれを立証できない場合、損害賠償責任が認められます。一方、不法行為責任の場合には、原則、被害者が立証責任を負い、被害者が加害者の故意・過失により損害を受けた事実を証明しなければ、損害賠償請求は認められません。また、債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効は 10年(民法167条1項)となっていますが、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20 年となっています(民法724条)。被害者(債権者)は、これらの違いを理解したうえで、有利な条件となる責任を選択することになります。

契約書における損害賠償に関する定めとしてもう一つ注意しておきたいのが損害賠償額に関する条項です。契約書には債務不履行があった場合の違約金を定める場合があります。違約金は、あらかじめ損害賠償責任を負う者の賠償額を定めた「損害賠償額の予定」を定めたものと推定されます(民法420条)。また、ライセンス契約において損害賠償額を受け取ったロイヤルティの額に限定するといった条項が見られますが、これも損害賠償額の予定にあたります。契約で損害賠償額の予定が定められている場合、債権者は実際の損害額が予定額より大きかった場合でも、予定額以上の金額を請求することはできません。また、裁判所も契約に定められた予定額に従って、賠償額を判断することになり、これを増減することはできません。

以上、契約書によく見かける損害賠償請求について説明しました。見慣れた条項についてもその背景をしっかりと理解しておくことでよりわかりやすい訳文を作ることができます。契約書翻訳に際しては、機会を見て背景知識についても勉強しておきましょう。
(執筆:吉野弘人)