契約責任と不法行為責任

和文契約書でも、英文契約書でも、必ず損害賠償に関する条項が出てきます。非常に重要な内容なのですが、聞きなれた言葉だけに、あまり深く調べたことがないという方もいるのではないでしょうか。今回は、損害賠償責任について説明したいと思います。

損害賠償とは一定の事由により損害が生じた場合に、その損害をてん補することをいいます。この場合、損害が生じる事由として、契約不履行や不法行為などがあります。契約不履行は債務不履行ともいい、債務者が契約の条件を履行しないことをいいます。債務不履行は、履行期に債務を履行しない「履行遅滞」、債務の成立した時点では履行可能であったものがその後に不能になる「履行不能」、履行はされたもののそれが不完全である「不完全履行」の3つに分類することができます。このような債務不履行が発生した場合、一定の要件のもとで債権者は債務者に損害賠償を請求することができます。債務不履行は、契約書にもよく出てくるので理解は難しくないと思います。このように、契約によって生じる責任を契約責任といいます。

一方、不法行為とは故意または過失により他人に損害を与えることをいいます。契約不履行との大きな違いは、損害を与える者と損害を被る者の間には契約関係が存在しないということです。たとえば、交通事故の場合、加害者と被害者の間には普通、契約関係は存在しませんが、加害者は被害者に損害を賠償しなければなりません。このように不法行為によって生じた責任を不法行為責任といいます。一つの損害事故に対し、契約責任と不法行為責任の両方が同時に成立することもあります。たとえば、タクシーの運転手が過失等により、乗客を負傷させた場合には、過失により損害を与えたことから不法行為責任が生じますが、同時に、乗客を安全に目的地まで運ぶという運送契約に対する契約責任も生じます。このように、両方の責任が成立する場合は、被害者(または債権者)は、どちらの責任を選択して損害賠償を請求してもよいとされています。

民法は、長い間故意・過失を原因とした不法行為責任を賠償責任の大原則としていましたが、平成7年7月、製造物責任から生じる損害賠償責任を認めることになりました。製造物責任とは製造物の欠陥によって、他人の生命、身体その他財産に損害を与えた場合に製造業者等が負う責任のことをいいます。不法行為責任との違いは、製造者等の故意または過失による責任を対象とするのではなく、製品の欠陥(製造物が通常有すべき安全性を欠いていること)により生じた損害を責任の対象にしている点にあります。すなわち、製品に欠陥があれば、製造者に故意または過失がなくても、製造者は損害賠償責任を負うという無過失責任が適用される点に不法行為責任との違いがあります。

契約責任、不法行為責任は、それぞれの責任によって立証責任や消滅時効などが異なります。また、製造物責任のように無過失責任として加害者に厳しく適用される責任もあり、損害が発生した場合、被害者(または債権者)は、どのような責任を加害者(または債務者)に求めるかを検討する必要があります。これらの両者の違いや損害賠償の範囲については、また別の機会に説明したいと思います。
(執筆:吉野弘人)