日本語にこだわりを

通信教育の添削をしていて、とても気になる点が1つあります。それは、みなさんが答案をメールで送ってくる場合に添えられるメッセージについてです。「第5回解答を送付します」とか「第5回の回答を送付します」といったメッセージが添えられていることがあります。細かい話で恐縮ですが、みなさんが提出するのは、「答案」であって、「解答」や「回答」ではありません。試訳と解説を説明しているのが「解答」、質問票の質問に対し、送付しているのが「回答」です。もちろん、こういった間違いが添削に影響することはありません。しかし、もう少し、日本語に対し敏感になってほしいと思います。翻訳上級者は決してこのような間違いは犯さないということも事実なのです。英日翻訳において重要なのは、外国語よりも日本語であると言われます。私の知っている翻訳者の方々も、日本語に対してかなりのこだわりを持っています。しかし、受講生の方々は美しい日本語、こなれた日本語を使って表現するということよりむしろ、正しい日本語を使うことに気を使ってください。

「的を射た」と「当を得た」を混同して、「的を得た」としてしまう誤用はよく知られています。インターネットで「的を得た」と検索すると、誤った例であるにもかかわらず、1万3000件を超える例がヒットします(そのうちの何割かは、誤用を紹介したものですが)。また、「おさがわせ」で検索すると、
1000件以上ヒットするといった笑ってしまうような誤用例もあります(正しくは「おさわがせ」)。つまり、一般的に通用しているからといって、その用例が必ずしも正しいとは限らないということです。日本語の用法に少しでも疑問を感じたり、不確かだと感じたりした場合は、必ず国語辞典を引いて確認するようにしてください。

契約書翻訳で使う用語にも、そのニュアンスを理解して使う必要があるものがいくつかあります。その代表例は「要求」と「要請」です。「要求」が「当然の権利として強く求めること」を意味するのに対し、要請には「請い(乞い)求める」という意味があり、両者のニュアンスにはかなり違いがあります。英語ではrequire、demandが「要求」にあたり、requestは「要請」にあたります。また、「承諾」と「承認」にも微妙なニュアンスの違いがあります。「承諾」が「他人の依頼などを引き受けること」という意味であるのに対し、「承認」には、「相手の言い分を聞き入れること」「ある事柄が正当であると判断すること」といった意味になっています。微妙な違いですが、「承認」は地位の上の者が行う行為といった印象を受けます。公平を原則とする契約の両当事者間の行為としては「承諾」の方がぴったりします(法律用語辞典で確認してみるとその違いはより明確になると思います)。これらの用語は契約書に頻出する用語ですが、その意味の違いは、法律用語辞典でなくても、国語辞典を調べれば理解することができます。翻訳をする際には、国語辞典も手元に置いて確認しながら訳文を作成するようにしてみてください。
(執筆:吉野弘人)